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浦和地方裁判所 昭和53年(ワ)518号 判決

原告

田辺零

被告

進藤紀子

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金二九万五二二九円及び内金二四万五二二九円に対する昭和五三年七月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一三九万四二八円及びこれに対する昭和五三年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は昭和四九年一一月二四日午後三時五〇分ころ、埼玉県志木市中宗岡二丁目六番三二号先道路を歩行中、後方から進行してきた被告進藤紀子の運転する自家用普通乗用自動車(以下「本件車両」又は「被告車」という。)に衝突され、頭蓋骨骨折の傷害を受けた。

2  責任原因

(一) 事故現場の道路は、幅四メートルであるが、両側は田に接し、実体的には農道に近いものであるため、実質的有効道路幅は三メートル弱であり、車道と歩道の区別はないのであるから、自動車運転者としては歩行者がある場合、除行することはもちろん警笛吹鳴等の事故防止の措置をすべきであつた。ところが、被告進藤は、前方右側を歩行中の原告を認めたにもかかわらず、徐行も警笛吹鳴もせず、前方を注視せず、そのまま漫然進行したため、自車を原告に衝突させたものである。

被告進藤は本件自動車の運転者として、右過失により、本件事故を起こしたものであるから民法七〇九条によつて、原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告日動火災海上保険株式会社は昭和四九年九月三日、被告進藤の父進藤重二との間に、保険期間一二ケ月の家庭用自動車保険契約を締結しており、その保険約款第一章第六条第一項において「損害賠償請求権者は、当会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、当会社に対して第三項に定める損害賠償額の支払を請求することができ」る旨規定している。

訴外進藤重二は、本件加害車両を所有し、これをその責任で娘の被告進藤紀子に使用させていたものであるから、右車両の運行供用者として、原告に対する本件事故についての損害賠償義務が発生したものであり、これによつて被告会社は原告に対し右損害賠償金を支払う責任がある。

3  原告らの損害

(一) 入院治療費 金四九万一六五〇円

前記傷害により、浅野病院に昭和四九年一一月二四日から同年一二月二八日まで三五日間入院したことによる治療費(診療報酬明細書料を含む)

(二) 入院付添費 金七万円

右入院中原告の母親田辺澄子が付添つたことによる費用一日金二、〇〇〇円の割合による三五日分

(三) 入院雑費 金一万七五〇〇円

右入院期間中の雑費一日五〇〇円の割合として三五日分

(四) 子守料 金七万円

原告の入院期間中原告の父親が真実(昭和四七年七月二八日生)の子守をする必要があつたところ、付添費に準じ一日金二、〇〇〇円の割合による三五日分

(五) 通院治療費 金一万六七八円

原告は前記入院中治療のためリンゲル液の点滴を受けたが、この治療の場合長時間にわたつてベツトに寝たままで排尿の際にも動くことができないため、夜尿症を併発し、入院時より昭和五二年九月まで夜尿症の治療を余儀なくされた。これは、本件事故と因果関係のあるところ、日本大学医学部付属病院において金五、四四四円を国立小児科病院において、五、二三四円(いずれも診療報酬明細料を含む)を要したものである。

(六) 通院交通費 金三万八二五〇円

右通院には父母が付添い電車・バスによつては不可能であつたためタクシーを利用したことによるタクシー料金

(七) 慰藉料 金一〇〇万円

原告は右のとおり入院三五日及びそれ以後夜尿症のため通院を昭和五二年九月に至るまで続け入院治療と同様の精神的苦痛を加えられたもので、右精神的苦痛に対する慰藉料

(八) 弁護士費用 金二一万円

原告は(法定代理人を通じ)原告代理人との間において本件を依頼するにつき着手金として金一〇万円、成功報酬として認容額の一割を支払うことを約した。右金員は本件事故と相当因果関係にあるところ、右請求どおり認容された場合の報酬額は金一一万円となるのでその合計額

4  よつて、原告は被告らに対し損害賠償として各自合計金一三九万四二八円(右損害額合計金一九〇万八〇七八円からすでに支払を受けた金五一万七六五〇円を差引いた残額)及びこれに対する不法行為後である昭和五三年七月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中原告が歩行中であつた事実は否認する。その余の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実中被告進藤が徐行、警笛吹鳴及び前方注視をいずれも怠つたことは否認する。その余は争う。被告進藤紀子が原告主張の責任を負わないことは後記抗弁1記載のとおりである。

(二)  同2の(二)の事実中訴外進藤重二及び被告会社につき原告に対し損害支払義務を生じたことは否認する。その余の事実は認める。

3  同3の(一)ないし(二)は認める。

同3の(四)は否認する。

同3の(五)は否認する。又仮に原告が夜尿症を併発したとしても、右は本件事故と因果関係がない。原告が点滴治療を受けたのは入院五日目頃から一〇日間であつて、この程度の点滴治療で夜尿症の習慣がつくことはあり得ない。

同3の(六)は争う。原告の病状ではバスや電車による通院が可能であり、タクシーの使用を必要としなかつた。

同3の(七)は争う。原告の慰藉料算定は浅野病院の入院三五日についてのみであつて、夜尿症のための通院は本件事故と相当因果関係がないので、これについては慰藉料算定の基礎とすべきではない。

同3の(八)は争う。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  本件事故現場は幅員四メートルの直線平坦なアスフアルト舗装道路である。被告は、本件車両を運転し、下宗岡方面から北進して本件事故現場にさしかかつたところ、原告が祖母に手を握られて母田辺澄子と一緒に進路前方の道路右側を同方向に向つて歩行しているのを認めた。そこで被告は自車の進路を道路中央より左側に寄せて原告らとの間隔をとり、かつ時速約一〇キロで徐行しながら原告らの左側を通過しようとしたところ、本件車両の前部が原告の約一・五メートル手前に接近したとき、原告は突如祖母の手を振切つて本件車両の進路にかけ込んできた。被告はこれを認め直ちに急停止の措置をとつたが及ばず、本件車両の右前部が原告に衝突したものである。

右のとおり、本件事故は専ら原告側の一方的過失に基因するものであり、被告進藤にとつては、原告が祖母の握つた手を振切つて至近距離に接近した本件車両の進路にかけ込んで来ることは予見し得ないことであり、かつ本件の場合衝突を回避し得ないものであつたから、不可抗力による事故というべく、被告進藤にはなんら運転上の過失はない。また、本件車両には構造上の欠陥及び機能の障害は全くない。

従つて、被告進藤に不法行為上の責任はなく、又進藤重二は自賠法第三条但書によつて免責されるから、被告会社にも原告主張の義務はない。

2  仮に右主張が認められないとしても、本件事故は原告が本件車両の至近距離に接近したにもかかわらず、祖母の握つた手を振切つて突如本件車両の進路にかけ込んだことに起因しており、原告の法定代理人に重大な過失があるので、損害額の算定において斟酌すべきである。

又夜尿症の発症については、原告の付添人が点滴治療を受ける前に排尿させておけば、夜尿症にならなかつたと考えられるからこの点についても原告の両親に過失があるので、右と同様斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1(一)の事実は、事故の際原告が歩行中であつたことを除き当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一八号証の一及び原告法定代理人本人田辺澄子の尋問の結果によれば、原告は母親の田辺澄子に手を引かれ、その右側を、近所の者十数人(幼児数名を含む)と事故現場付近道路の右端を、下宗岡方向から上宗岡方向に歩行中後から同方向に進行して来た被告運転の普通乗用自動車の進路前に道路右端から握られていた手を離して横に足速に道路中央付近まで出てきたところ、被告車両と衝突したことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。

二  責任原因

1(一)  前掲証拠及び被告本人進藤紀子の尋問の結果によれば、本件事故現場は幅員四メートルの舗装道路(両側は田に接している)で、車道、歩道の区別がなく、両側も草に蔽われ、被告進藤は右道路を先行車の約一〇メートル後から進行して事故現場付近にさしかかり、先行車が道路右側を歩いている原告らの一団の横を通過する際、原告が道路中央に走り出たため警笛を鳴らし、一旦停止した後時速約一〇キロメートルで進行し、被告車も先行車の約一〇メートル後で一旦停止した後時速約一〇キロメートルで進行し、警笛も吹鳴せず原告ら歩行者の一団に接近しながら、約三六メートル先に見えた対向車(普通乗用自動車)に注意を集中していたため原告らへの注意を怠り、道路右端から横に足速に進路前方(バンパーから約一・八メートル先)に出て来た原告に気付き、ブレーキをかけたが及ばず、右前部を原告に衝突させたことが認められ、他に右認定を動かす証拠はなく右認定に反する被告本人進藤紀子の尋問の結果は信用できない。

(二)  被告進藤は本件自動車運転者として、前記認定のとおり、先行車の約一〇メートル後に一旦停止した後警笛を吹鳴せず、原告ら歩行者の横を進行するに際し、前記対向車のみに注意を集中したため、右道路右側を歩行していた原告らへの注意を怠つたため、原告の行動を予知し、可能な回避措置をとれなかつたものであるということができるから、右の点に被告進藤の過失があつたといわねばならない。

(三)  被告らは、原告が被告車の進路直前に出て来ることは被告進藤において予見し得なかつたのであるから、本件事故は原告側の一方的過失もしくは不可抗力によるものであると主張し、原告が被告車の進路直前に母親の手を離れ、小走りに道路中央に出たことは前記認定のとおりであるが、右の原因は被告進藤が警笛吹鳴もせず、前記対向車のみに注意を奪われていたことにも原因がなかつたとはいえず、数名の幼児の中には急に道路中央に出てくることは往々あることである(現に原告も先行車前に出たため先行車が一旦停車をした)から、運転者としてこのことをも予想して十分注意し、警笛を鳴らして接近を知らせ、徐行しながらその動向を注意して進行するなどの措置をとつていれば、回避し得たと推定されるのであるから、原告が被告車の前に急に道路中央に出てきたことのみをとらえて本件事故はすべて原告法定代理人の過失であり、被告進藤にとつて不可抗力であつたとは認め難い。

2  同2の(二)の事業は(被告進藤重二の損害賠償義務を除き)当事者間に争がないところ、前記認定の本件事故の経緯に照らし本件被告車を所有し、その運行供用者である進藤重二は被告進藤紀子が本件事故によつて原告に与えた損害につき自賠法第三条但書により賠償義務を免れることはできないものというべく、従つて被告会社は前記保険約款第一章第六条第一項に基いて原告に対して直接これを支払うべき義務があるといわねばならない。

三  原告の損害

1  請求原因3の(一)ないし(三)は被告らの認めて争わないところである。

2  同3の(四)については直ちに本件事故による損害ということはできないうえ、母親田辺澄子の付添について付添料が全額支払われる以上父親が他の子供の子守に付添つたことの費用は前者と表裏をなすもので実質的にこれに含まれるものというべく、前者と別異の損害として請求することはできないといわねばならない。

3(一)  同3の(五)の夜尿症と本件事故と因果関係があるかどうかについて検討する。原本の存在及び成立に争のない甲第一〇号証、第一二号証、第一三号証、第一五号証、田辺澄子本人尋問の結果によれば、原告が浅野病院に入院後五日目頃から一〇日間程リンゲル液の点滴を受けたこと、右点滴時間が一日ほぼ六時間にわたり、その間排尿に連れていくことが出来ないため、やむなくおむつを当てて排尿させていたこと、このため間もなく就寝中に尿をもらすようになり、夜尿症を併発し、浅野病院を退院した後も長く続き、昭和五二年九月三〇日まで夜尿症の治療を日本大学医学部付属板橋病院、次いで国立小児病院に通院(実日数は前者につき七日間、後者につき九日)して受けたが、昭和五一年五月以降は改善していること右の原因につき担当医師が心理的要因あるいは習慣的因子によると考えられる旨診断していること、これらが本件事故による精神的影響が原因として関連していることが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。

右認定の事実によつてみるに、本件夜尿症が本件事故後その治療を契機にして生じたことは明らかであるところ、これについては心因的もしくは慣習的要因が医師によつて指摘され、個体的、主観的要因により差のあることは推定に難くないが、それも事故による精神的影響との関連が否定できないうえその治療内容との関係からその発生は容易であり、特別の素質、体質が介在するものとは認められない以上、本件事故との因果関係を否定することはできない。

被告は入院五日頃から一〇日間程度の点滴治療で夜尿症を生ずることはあり得ないと主張するが、右期間が必ずしも長いものではないとしても、それのみをもつて前掲証拠によつて認められる前記原因による夜尿症の発生を否定することはできず、前掲田辺澄子本人尋問の結果によれば、脳波所見での異状はなく、他の原因にもとづくものと推認されるものは見当らない。

(二)  原本の存在及び成立に争のない甲第一三ないし第一五号証によれば、原告が日本大学医学部付属板橋病院及び国立小児病院において受けた各治療費として金五、四四四円及び金五、二三四円(いずれも診療報酬明細料を含む)を要したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右は本件事故によつて生じた損害ということができる。

4  同(六)の通院交通費については、田辺澄子、田辺達次の各法定代理人本人の尋問の結果によつても、右夜尿症治療のため、電車・バスによる通院が不可能であり、タクシーを利用せざるを得なかつたと認めるべき事由は見当らないので、右通院交通費については、これを本件事故について生じた損害と認めることはできない。(なお、甲第一七号証には浅野医院に昭和五〇年一月四日から同年三月一一日まで一〇回、同年七月七日それぞれ約四キロメートル離れた浅野病院にバス路線によらず、タクシーを利用した料金等の記載が見られるが、右本人尋問の結果によつても特に治療を要したものではなく、投薬を受け、経過を見せるためのものであつたことがうかがわれるのであるから、バスを利用することができず、タクシーを利用しなければならない理由も見当らない。)

5  原告の前記入院治療及びその後の夜尿症の治療のための通院により受けた精神的苦痛に対する慰藉料は後者については重いものとはいえず、通院の全期間を通じ入院と同一の苦痛とみることはできず一体として金五〇万円をもつて相当と認める。

6  同(八)の弁護士費用については、原告法定代理人本人田辺達次の尋問の結果によれば、原告法定代理人が原告訴訟代理人とその主張の約束をしたことが認められるところ、後記過失相殺の結果に照らし、金五万円をもつて相当と認め、右の範囲で本件事故と因果関係があると認める。

四  被告らは、原告法定代理人について過失相殺を主張するので検討する。

1  原告法定代理人田辺澄子、被告本人の各尋問の結果及び前記二の1(一)で認定した事実によれば、本件事故の直前まで原告の手を引いて母親澄子が、被告車の接近に気付き原告の手を強く握つていて離さなければ原告が道路中央に出るのを引止められ、本件事故の発生を防ぐことができたものであつて、これを困難にする事情は格別存在しなかつたこと、ところが原告の母親田辺澄子は周囲の人と話しながら歩いていて警笛を鳴らさず接近してきた被告車に気付かず、特に被告車の先行車が接近した直前にも原告が母親の手を離れて道路中央に出て衝突の危険を生じたにもかかわらずそれが通過するや、強く手を握つているなどの格別の注意を払わず、特に強い注意も与えることなく、漫然と普通程度に手をとつていたにすぎなかつたこと、このため原告が再び被告車の前で急に道路中央に出たときにも容易に原告の手を離し、その直後気付いたときは原告が被告車と衝突していたことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。右事実からみると原告法定代理人にもなお注意を怠らなければ本件事故を避けることができたとみられる点があつたものというべきであるから、原告の損害賠償に当つては、これを斟酌すべく、その割合は三割をもつて相当と認める。

2  被告らは、夜尿症の発生についても、原告法定人の過失を斟酌すべきであると主張するが、田辺澄子本人尋問の結果によれば、右治療はすべて医師の指示によつて行われ、原告法定代理人田辺澄子はこれに従つて原告の看護をしたことがうかがわれ、同人が医師の指示によらないで行うなどその看護につき特に過失があつたと認めるに足る資料はない。

五  それならば、被告らは各自原告に対し、損害額合計金八一万二八七九円から原告の自認する既払額金五一万七六五〇円を差引いた残額金二九万五二二九円及び弁護士費用を除く金二四万五二二九円に対する不法行為後(訴状送達の翌日)である昭和五三年七月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よつて、原告の被告らに対する請求は右の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

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